格闘技ブーム①
押忍。
こんにちは。
私が九州から、上京した1986年、格闘技ブームが始まっていました。
キックボクシングでは、極真空手で活躍した竹山晴友選手が
マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟において連戦連勝、連続KOの山を築いて
いました。
ゴング格闘技や格闘技通信と言った格闘技雑誌が次々に創刊され、
多く格闘技の団体や流派にスポットが当てられていきました。
分裂前の極真空手では、極真の風雲児、松井章圭さんが秋の第18回全日本空手道選手権を
ライバルの城西の爆撃機、増田章選手を延長1回目で判定で下して
前年に続けて優勝し、フルコンタクト空手のファンは
翌年の第4回全世界空手道選手権に想いを馳せていました。
その第4回世界大会ではヨーロッパ最強の男、オランダのミッシェル・ウェーデル。
南米王者にして荒行100人組手完遂者、ブラジルのアデミール・コスタ。
後にk-1創生期の物語の主役となる鉄人アンディ・フグ。(この3者がBブロックに
集まっていたのは作為的でしたが、大きな声ではいえません笑)
後にキックに転校し帝王ロブ・カーマンやチャンプア・ギャッソンリットをKOする
ピーター・スミット。これらの選手と迎え撃つ日本勢と言う構図はめちゃくちゃもりあ
がりました。 私、S席で友人たちと観戦していておおいに興奮しました。
決勝は全日本チャンピオンの松井章圭選手が足にダメージを負い勢いの落ちた
アンディ・フグ選手を下して優勝しました。
4年後は、ブラジルの怪物、フランシスコ・フィリョがアンディ・フグを
戦慄の上段廻し蹴りでKOし話題をよびました。
この時のアンディ、初戦から2メートル100ロ相手ばかりとやらされて本当に
気の毒でした。 そして4年前とは別人のように動きが悪かった。
顔も覇気がなかった。観戦していて怪我してるのかなと思っていました。
この時の優勝は増量と肉体改造によって大きくパワーアップした城南支部の緑健児さんでした。
新極真会の代表ですね。
いや、蹴りが凄かった。
この後アンディ・フグは正道会館へと移籍しキックと空手の試合を重ね。
やがてK-1に参戦し代名詞カカト落としを駆使し一番の人気者となっていきます。
続く